Top
スイミング・プール(フランソワ・オゾン、2003年、フランス)
b0062149_18493177.jpgネットで注文したDVDがどかっと届いたので、まずは一番見たかったこの映画から鑑賞です。ポスターはフランス版もアメリカ版も素敵なので、今回どちらも載せてみました。
前作「8人の女たち」とはガラッと変わった雰囲気で、特に南仏に場面が移ってからは、陽光が活かされた美しい映像の連続です(今回もまたDVDの画質がとてもよかった)。この光と緑のあふれる爽やかな風景の中で、抑えた演出のもとストーリーは進行していきます。シャーロット・ランプリングとリュディヴィーヌ・サニエ2人の演技もすばらしく、それぞれの年代の女のいやらしさをうまく表現しています。特にシャーロット・ランプリングはとても抑制された演技なのですが、瞬時に不機嫌になったり、ほくそ笑んだりするときの顔の表情がすごいと思いました。
b0062149_12231.jpg
さて、後半は謎に満ちた展開になり、今までの情報が次第に不確かになっていきます。ジュリーは本当にジョンの娘なのか、はたまたジュリーは本当に存在したのか、ということすら曖昧になり、そのままエンディングを迎えます。いろいろと解釈はあるでしょうが、私には、ジュリーはすべてサラの創作であり、私たちは彼女が南仏で書いた小説をそのまま見せられていたのだと思えました。ジョンからのつれない電話がきっかけで、サラはまだ会ったことのないジョンの娘、ジュリーを作り上げ、現実と関わらせていきます(未公開シーンに彼女が汽車の中でブロンド娘に出会う、というものがありましたが、ジュリーの外見はそこから生まれてきたのではないでしょうか)。ジュリーには、サラが手に入れられないもの、例えば若さ、ジョンの愛、そして「フランス的であること」(陽気さや奔放さですが、これはあくまで「イギリス人」であるサラが抱いているイメージです。そしてサラは事あるごとに「イギリス人」であることを強調されます)が凝縮されています。当初はジュリーの方が優位に見えますが、ジュリーはジョンに捨てられた女の娘で、その母も亡くしたことがわかり、彼女が誘惑した男もサラに心変わりし、そして殺人という罪を犯してしまいます。そして最終的にジュリーがサラを頼り、母親代わりとして彼女を見るとき、サラはついに彼女より優位に立ちます。この物語を書くことによって、サラは彼女の嫉妬の対象に復讐し、別の出版社から発表することで、ジョンに復讐することになるのです。最後にサラがジョンの実の娘を見てわずかに笑みを浮かべるのは、自分自身が作り出したジュリーの方が、断然魅力的であることを確信したからではないでしょうか。この映画には、男女または女同士の愛憎のドラマのほか、作品を創作することや、イギリス的なものとフランス的なものの対立など、いろいろなテーマが含まれているように思います。
とはいえ、彼女のお腹の傷のことや、母親の小説の内容など、謎が残る部分は多々あり、マルセルとその家族の存在なども手伝って、ちょっとデヴィッド・リンチの映画も思い出させます。他の解釈もたくさんとあると思うので、ほかの人の意見もいろいろ読んでみたいですね。
最後に、偶然にも、この映画でまたフランクさんが不運な目に遭わされています。ちょっとヴィンセント・ギャロ風でいい感じの人なんですけど・・
[PR]
by poyance | 2005-02-20 01:26 | 映画
<< 僕の妻はシャルロット・ゲンズブ... デイ・アフター・トゥモロー(ロ... >>


S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28